代表について

 

「私に英語なんて無理」ってあきらめている方にも、英語が通じた時の感動を味わって欲しい。

「もっと早くにヘシルさんに会いたかった!」

「こんなに英語が楽しいと思ったのは初めて!」

「楽しくて、喋れてる自分に感動した!」

英会話のレッスンに初めての生徒さんが来たとき、レッスンが終わってこういわれたんです。

この言葉が本当にうれしくて。

だったらもっとやってみよう!って思ったんです。

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こんにちは、吉野恵実ことヘシルです。

日本語、英語、韓国語、少しフランス語が話せます。

毎回生徒さんとレッスンをしていると、とても感動することがあります。

とある生徒さんのお話です。

 

私は生徒さんの自己紹介を、まず日本語で聞いたんです。

その人生の波、胸がつぶされるような悲しい出来事、

なぜいまの仕事を始めようと思ったのかという本当の理由、をお伺いしました。

それを私がその場で英語に翻訳した時、

隣にいた生徒さんは、目に涙をいっぱい溜めて堪えていました。

泣いていたんです。

それほど、わたしが作った英文が彼女の心の琴線に触れたんです。

それは、私がすごいと言いたいのではなくて、

英語にはそれぐらいのパワーがあるってこと。

ストレートに、まっすぐに相手の気持ちに届く英語。

それが言えたら、あなたの気持ちが全世界中に伝わる。

生徒さんが世界へ羽ばたいていくのを、ホテルのラウンジの小さなテーブルから見た気がします。

あ~・・・私英会話を教える仕事を始めて、本当によかったな・・・って思いました。

いままでたっくさんの文章を書いてきてよかったな。

た~っくさん一人の時間を過ごしてきてよかったな。

英語の勉強をあきらめないでよかったな。

毎日コツコツ積み重ねてきてよかったな。

そう、心から思ったんです。

だから、「私に英語なんて無理」ってあきらめている方にも、

この感動を味わって欲しい。

私は今まで沢山見てきました。

「全く英語なんて話せません!」と仰っていた生徒さんが、どんどん英語を自分のものにしていく姿を。

そしてその時のあふれんばかりの笑顔を。

この目でしっかりと見てきたんです。

一緒に笑いながら、一緒に泣きながら、一緒に喜びながら、

その一瞬一瞬が、私にとって、とても大切な宝物です。

あなたにも、もう「英語が話せません」とは言わせません!

そう思って英会話レッスンを始めました。

「私でも英語でこんなに言えるようになったんだ!!!」

その感動を分かち合いたい。

心からそう思っています^^

ぜひ英会話で世界が変わる瞬間を、一緒に見ましょう。

 

 

 

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吉野恵実 Hyesil Yoshino

わたしは日本生まれ日本育ちの韓国人です。

両親はどちらも韓国人です。

母は33歳ぐらいで結婚して、日本に嫁いできました。

父は、日本生まれです。

父の祖父母が1930年ごろに、日本に来たと思われます。

そのころは戦争の真っ最中。

第二次世界大戦が終わって、祖父母は韓国に帰ろうとしたのですが、韓国に帰るためにはお金の持ち出し制限とか、色んな問題があったんだそうです。

それに、韓国はひどい状態だったそうで、帰ったところで生活の基盤がない。

だから、祖父母は日本で生きていくことに決めたんだ、と聞いています。

その後、40年ほどして私がこの世に生を受けます。

母は日本語がカタコトだったので、私は違和感を感じていました。

(なんかうちのお母さん、他のお母さんと違う・・・)

母は韓国育ちなので、当然のことながら文化が違います。

わたしは日本の保育園に通っていたので、日本風に育っていました。

その時代はいまのように韓国ダイスキ!と言っている日本人はいませんでした。

韓ドラも流行ってなかった。

だから韓国=見下げられている、というような感じがあったのように思います。

韓国には、ム という食べ物があって、それはどんぐりからできています。

どんぐりの豆腐みたいな、いまでいう薬膳料理。

その ム を作るために、母がどんぐりを拾っているの私の友達が見て、笑われました。

「どんぐり食べるなんて変なの。あいつの母ちゃん狂ってる」

そういって思いっきり笑われたとき、私は火が出そうなほど恥ずかしかった。

そして、なぜかその矛先を母に向けてしまい、早くから反抗期でした。

あの時、本当はかばってあげなきゃいけなかったのに。

私が守ってあげればよかったのに。

いまならわかる。

海の向こうの国からやってきた母の、一番の宝物は、

初めてのこどもの私だったはずなのに。

なのに、なんで一緒になって母を虐めてしまったんだろう。

なんであんなに激しく反抗してしまったんだろう。

それは、

言葉が通じなかったから。

文化が違ったから。

でも、6歳のわたしには理解できなかった。

幼さがゆえのことですね。

いまでもこのことを思い出しただけでなぜか涙がでます。

これが、私が外国語を学ぶこと、そして海外の文化を理解したいと強く思う根源になっているのだと思います。
私のストレス発散方法は、ズバリ。

勉強です。

いま育児真っ最中のワタシですが、息子がかわいくてかわいくてしょうがない。

でもそれもずっととなると、ちょっと静かにして~と思う時もあるわけです。

で、彼が寝てくれた瞬間に、勉強意欲がムクムクと湧くのですね。

完璧って、求めれば求めるほど、終わりがないじゃないですか!

To improve is to change; to be perfect is to change often.

私は知的欲求と、探求心がとっても強いみたいです。

なので、英語ばっかり書いてある辞書とかを、延々と読む。

音読する。

ノートに青のボールペンで書き写す。
のような、勉強オタクのような日々が、堪らなく快感でした。

(いよいよ、私の変態モードも開花してきましたね・・・♡)

なのです。ハイ。

昔から、反抗期が早かったこともあり、めちゃくちゃムカついたとき、その矛先が勉強しかなかったんですね~。

母よ!私を認めてくれ!みたいな感じかな。

イライラして止まらなくなったら、まず部屋を思いっきり掃除して、そのあと机に向かってひたすら暗記ものをする、勉強する、要約する。

そんな日々でした。

その名残なのか?

いまでも知的欲求は満たされることなく、英語のみならずフランス語まで手を出しているワケです。

むかーしね、これもまた母がこう言いました。

「頭脳は誰にも盗まれない」

これまたディープな話題になりますが、母は時々酷い精神病でした。

その当時、母には心の安定が無かったんですね、心の平安も保ててなかったみたいです。

だからしょっちゅう、「あれが盗まれた!」みたいなことを言っていて、

それはそれは私をはじめ家族みんな疲弊していました。

そこから来た言葉だったか、どうだったか、は、定かではありませんが。

何にしろ、

「勉強して、知識と知恵を蓄えなさい」

という言葉が、私の骨の髄まで染み込んでいるようです。

いまでも本を読むことよりも、さらに上を行くのが、勉強をすること。

そこで探求して得た知識を、実践の場で使ってみる。

上手くいった英語と、そうでない英語を分ける。

そしてまた実践してみる。

この繰り返しで英語が話せるようになりました。