1 挫折を味わった青春時代 

 

「2年前に、突然英語が話せるようになりました。」

 

そう言うと、ほとんどの人が、「嘘でしょ」と言う。

 

確かに、嘘っぽいw

 

よくある英会話スクールの誇大広告みたいだし・・・

 

 

でも、それが「事実」だから、仕方がない。

 

 

吉野へシル。

日本生まれ、国籍は韓国。

 

母は生まれも育ちも韓国で、結婚してから日本にやってきました。

当時は日本語が全く話せなかった。

 

 

父は、生まれも育ちも日本、母国語は日本語。

 

でも、祖父や祖母は韓国語で話していたので、父は韓国語と日本語が理解できるバイリンガル。

 

 

そこに生まれた私、へシルは、母国語は日本語。そして第二外国語として話せるのが「英語」、

 

なんとなく聴いて話せるのが韓国語、

 

そして、いま興味があるのが、フランス語。

 

 

 

私は、2年前に急に、急速に、英語が話せるようになった。

 

 

 

それまでは、フツーの日本人と変わらない、「なんとなく英語が聞き取れて、意味はわかるけど、話せない」と言うレベルだった。

 

短大の外国語大学を卒業したにも関わらず・・・

 

留学したことはないけれど、でも英語で毎日授業を受けていたにも関わらず・・・

 

短大のころは、毎日毎日ライティングやリーディング、文法、発音の勉強をしていた、にも関わらず・・・

 

 

でも、正直言って、外国語大学に行けたのも、偶然だった。

 

高校生の時、

「自分の家は、平成の時代に雨漏りがするほど貧乏だから、大学には行けない。乙

しかも日本人じゃないから普通の企業への就職も難しいかもしれない。

だったら手に職をつけないといけない。

美容師の専門学校に行こうかな。」

ぐらいに考えていた。

 

そんな時、クラスの後ろに貼ってある掲示板に、偶然、「指定校推薦枠」というのを見つけた。

英語の成績が一番いい人は、センター試験を受けずに推薦で短大に入れる、というもの。

 

私は陰キャラの、ガリ勉だったので、学校の成績だけはよかった。

それも、英語だけは、テストの点数もよかった。

今だから笑えるけど、その当時はテストの点数でしか、自分を評価できない根暗だったから。

 

条件に合うんなら応募してみよう、とやってみると、

意外にもすんなり通ってしまったのだ。

 

 

ゲスな性格で、人間関係がうまくできなかった思春期の私は、

前々から友達が本命で同じ大学を目指していると知っていた。

にも関わらず、

 

「ごめんね、私も指定校推薦を受けることにしたの・・・。

それで、多分通りそうなんだ・・・」

と、謎の発言をしてして、友達とかなり気まずい感じになった。

 

二階建ての一軒家、オートロック付きのマンション、

優しいお父さんとお母さん、

進学のために、塾や習い事にも行けて、

バイトもしなくていい、おっとりした性格の同級生たち。

 

私は?

雨漏りがする家、電気がつかない、お湯が出ない日もある家。(どんなだよw)

習い事の一つもできない、

塾なんてもってのほか。

部活が終わったら生活費のためにバイトに通う日々、

精神的に不安定な母親と喧嘩の日々、

(これが一番キツかった)

家にあまりいない自営業の父親、

つぶらな瞳で自分より可愛く見える妹、

パッとしない、陰キャラでガリ勉で、糸みたいに目の細い私。

日本人か、韓国人か、自分のアイデンテティにもジレンマを抱えていて、

私の唯一の心の支えは、バイトでお金を稼ぐことと、

成績優秀(数学以外)という肩書きだけ。

それで結構救われた。

 

 

自分以外の全員が羨ましくて、消えてしまいたい想いを抱えた思春期だった。

それが反動となって、反骨精神丸出しの、THEハングリーな私が出来上がっていった。

 

結局、その友達もセンター試験で合格して同じ大学に通ったので、結果オーライだったんだけど、

それからしばらく長い間、罪悪感を背負ったまま過ごしていた。

(結局内心は臆病者のチキンハート)

 

センター試験を努力と実力でパスした現役生たちと違い、

私は指定校推薦で、面接ぐらいでスッと合格したもんだから、

夏頃には合格が確定し、バイトに遊びに明け暮れていた。

 

浮かれた気分のまま、入学の春まで過ごした。

 

 

 

入学式の後に、学力別のクラス編成テストがあった。

成績優秀者順にクラスが別れていて、25クラスぐらいあったのかなぁ

 

私の成績は・・・

 

 

 

見事に最下位から数えた方が早い、下から2、3番目のクラス。

 

 

 

 

ガーーーーーーーーーーーーーーーーン

 

 

・・・結局、私の実力はそんなもの。

 

サボってきたんだから、仕方ない

けど、ショックだった。

 

 

在学中はまたガリ勉根性で必死に勉強した。

と言っても、中学生の教科書のやり直しばかり。

 

大学に来ても、中学生の勉強をやり直すなんて、

何のために大学に来たんだろう。

 

恥ずかしかった。

 

 

他の同級生は、留学に行ったり、

外国人の留学生と英語でジョークを飛ばしあったり、

サークルに入ったり、

外国人の彼氏ができたり・・・

 

 

楽しそう。

 

そんなみんなのことを、恨めしく思っていた。

 

 

結局、卒業までに英語の文章こそ読めるようになったけれど、

第一志望だったキャビンアテンダントの就活も、落ちた。

 

そして、他の企業に就職した。

 

 

卒業して、毎日日本語で仕事してたら、英語なんてすぐ忘れる。

半年も経つと、英語なんてほとんど読めないようになっていた。

 

もちろん、英語で話す相手もいないし、

そもそも話すことはできない。

外大に行ったから英語が話せる、っていうのは、嘘だ。

 

「外大卒なのに、英語話せないんだね」って思われるのが怖くて、

外大に行ってました、なんて口が裂けても言いたくなかった。

 

 

在学中も、卒業しても、私は「英語が話せない」状態だった。

 

 

 

・・・恥ずかしい。

 

いつも私には、「恥」がつきまとっていた。

 

 

 

こんなに勉強したのに、英語が話せないなんて、恥ずかしい。みっともない。情けない。

・・・そして、悔しい。

 

 

 

そんな日々を送っていた。

 

転機は突然やってきた。2

 

 

追伸 :

*なんかホント 魚座×A型 特有の湿っぽい

記事になっちゃってイヤだわw