5 気づき。英語の話し言葉と書き言葉は違う!

 

蒸し暑い夏、つくつく法師が鳴き始めた頃

 

息子が生まれた。

 

 

 

生まれた時、本当に私の子かな?と目を疑った。

 

 

だって、つぶらな瞳なんだもん!!!

 

私、糸みたいに目が細いのに。似てない。

 

 

でも、宇宙人みたいで可愛い!

 

 

まぎれもない、さっき出て来たばかりのこの子は、私の息子だ。

 

 

安堵の涙と後陣痛に苦しんだ夏の終わり。

 

またしても私は暇だった。

 

 

確かに、赤ちゃんは可愛い。愛おしい。

 

でも、自分の体力がまだ追いつかない。

 

毎晩の授乳や、身体の痛みに耐えながら、

 

まだムニャムニャと、お腹の中かこの世に生まれたのかわかっていない我が子と過ごす毎日は、

 

ちょっと微妙だった。

 

 

可愛いよ、確かに可愛いんだけど、

 

初めての子供、新生児というのは、こんななのか!と、

 

想像と違った現実に、心も追いつかない。

 

 

 

息子が眠った瞬間に、私は英語に取り掛かった。

 

いや、私は英語に取り憑かれていた。

 

 

もう、暇すぎる。

 

 

今だからわかる。

 

新生児とのかけがえのない蜜月を、ゆっくりと何にもしないで味わうことの、しあわせ感。

 

 

でも、その当時の私は、

 

社会と切り離された感じとか、身体が前みたいな活力を失うことの方が怖くて、

 

謎に、子供がいない時と同じ生活を渇望していた。

 

 

 

そんな私の心の渇きを潤してくれたのが、『英語』だった。

 

息子が眠った瞬間を見計らって、英語の本を読んでみたり、

好きな英語の歌の歌詞を描いてみたり、

息子に子守唄がわりに英語の歌を歌ってみたり。

 

 

お腹の中にいる時、切迫早産になった。

2週間の入院は、想像以上に、暇地獄。

 

 

その頃から、胎教にもいいかな?と英語の歌を歌っていた。

 

お気に入りは、実写版シンデレラのエンディング曲、Strong.

 

ソンナレレの歌声が、心に染みた。

 

歌詞も、すごく良かった。

 

今でも気に入ってる。

 

 

 

歌っている時に気づいたのは、

 

『この歌詞の通りに歌ってないじゃん!!!

発音とか、省略しすぎじゃない!?』

 

ということ。

 

 

英語は歌にすると、文字どおりに歌われていないことが多々ある。

 

 

 

・・・!!!

 

 

 

 

そうか!だからか!!!!!

 

 

私は気づいた。

 

 

『文字どおりに言ってくれないから、英語って理解できないんじゃん!!!!』

 

 

・・・遅い。気づくのが遅すぎる。

 

 

 

 

でも、今までも何となくわかっていたことが、言葉にできるとこんなにもスッキリするものか!と実感した出来事だった。

 

 

 

そうかそうか、わかって来たぞ・・・

 

 

 

書けても、聞けても、それは話すこととイコールにはならないんだ。

 

つまり、書く練習、聞く練習ばかりしていても、ダメなんだ。

 

英語が話せるためには、『英語を話すトレーニング』をしなきゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

・・・もう一度言うが、遅い。気づくのが遅すぎる。

 

 

 

 

でも、気づいたが最後。

 

 

そこから、私はあるチャレンジを計画し始める。

 

 

 

それが、私を大きく突き動かす最初の行動だった。

 

 

 

 

 

 

「そうだ、鴨川に行こう!」

 

 

 

 

(謎だよねw)

 

 

私が英語を話せるようになるまで。6