10分ほど待っていると、白い息を吐きながらやって来た見覚えのある顔が、こちらに手を振っていた。
「ヴィンセント!久しぶり!」
私は嬉しくて子犬のように尻尾を振りながら、駆け寄る。
『ゴメンね!元気シテタ?ちょっと汚いカッコでゴメンね!』
フランス人のオジちゃん、ヴィンセントは汚れたスニーカーと、作業着姿。
どこ行ってたのか聞くと、新しいパン屋のオープンに向けて、店を0から手作りしてるらしい。
「それで砂まみれなんだね」
そうそう、と流暢なニホンゴを話しながら、私たちは歩いた。
カフェに着くと、妊娠を報告。
お祝いの言葉の後に、『で?』と早速尋問が始まる。
私たちは、会うと仕事の話をいっぱいした。
元々は、知り合いの紹介で出会った彼とは、もうかれこれ・・・3年付き合い。
出会った頃から、ヴィンセントは日本語が上手だった。
だから、もっぱら私たちの会話は日本語。
うちの旦那さんとも仲良しで、家族の話もしたし、
大手の会社はルールが厳しすぎて私には合わないよ、と言えば、
へシルはベンチャー企業の方が合ってるよ、と言ってくれたり。
へシルにはしきたりとか守れないでしょ、とか
へシルは、経営者タイプだよ、とか、
私が憧れのあった起業やビジネスの話をしたら、
末恐ろしいね、と言われたり、
すごく自分が自分でいられる、楽な時間だった。
私には、変化より安定を求めるマニュアル通りの仕事はできない。
飽き性で、すぐに変化を求めるから。
仕事も2年続けばいい方で、そのあとは転職転職。
その考え方が、どうも日本人らしくないらしい。
日本にいると、「韓国人だから外国人扱い」されて、
海外に行くと、「日本から来た日本人」扱いされる。
どこにいても、アウトサイダーな感覚があった私にとって、
フランス人の型にはまらない自由そのものなヴィンセントの話は、いつも新鮮で面白かった。
そして、『世界中を自転車で旅していたんだ。
寝るところがないときはその辺で寝て、
お金がなくなったらパン屋で働いて稼いで、
そのお金を元にまた旅して。
歯が折れてるんだけど、これはシリアに行った時に戦争に巻き込まれて折れたんだよ。
いろんな国の言葉喋れる。
英語が話せるのなんて、当たり前さ!
フランス語より、英語が一番カンタン!!!
何よりも、英語がカンタンよ!!!!
イタリア語、ドイツ語、ギリシャ語、アラビア語、なんでもなんでも!僕は話せる。
このあとは、こんなことを考えていて、新しいお店は全部自分の手で一から作る!』
彼の話を聞いていると、ゾクゾクした。
英語が話せるのは、当たり前!
頭をドンキで叩かれたような衝撃
じゃあなんで私は話せないんだよ!!!!!!!
そもそも考え方が違うんじゃない!?
確かに、フランス語は男性名詞とか女性名詞とか、言葉に男女の性別があって、
前置詞も多いし、
動詞の変形も多すぎる。
そう思うと、確かに、英語ってカンタンかも・・・
私の中で何かが変わり始めた瞬間だった。